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日箱

日常を箱につめる作業

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」

仕事をしていく中や、就職活動している中でとか、「最終的に自分はどうなりたいのか。」「5年後、10年後の自分はどうありたいのか。」そういうことをきかれるケースって多々あると思うんですが、皆、本当に自分は何になりたいのか考えながら仕事をしているんだろうか。

「将来ありたい自分」を考え、逆算し、自分のキャリア、就職先を決めるべきだ、ってそういうことはご尤もで、勿論な話だと思うのですが、なりたい自分とはなんだろうか。別に、何者かになりたいわけではなくて、何年も色んな人と出会って、働いていって、そうしていく中で、何者かになっていくんじゃないか、とかそういうことを考えてしまうので、自分はあまり物事や自分の人生についてきちんと考えられていないんだなぁ、と思います。

どういう人と一緒に仕事をするのかって凄く大事で、「人」ありきで「内容」はその次なんじゃないか、と数年間社会人をやってきた中で思い始めましたが、「それは勿論大事だけれど、そういうことは今の年齢だと通用しなくなっていきますよ」と忠告されて、そうか、自分はもうそんなに歳をとってしまったのか、色んな事に気付くのが遅かったんだなぁ、と考えさせられています。 まずは自分がどうなりたいのか、が最初にあって、そこから逆算をして、選択肢を絞っていって、最後のフィルターとして「人」を使いましょう、とそういうことだそうです。

はたして、自分は何になりたいんだろうか。

改めて考えてみると、何も出来ないし、何者にもなれない。 どうしようもない年月を重ねてきてしまったな、と悲しくなります。